母ちゃん家の本棚ブログ

エッセイ、小説、パニック障害の前向き克服記録などを掲載してます☆30代2児の母です。よろしくお願いします(*^^*)

【闘病記】第3話パニック障害・鬱発症と克服までの記録『母ちゃんはキュウリが切れない』

前回のお話(第2話)はこちらから

kyurika-chan.hatenablog.jp

 

第1話から見たいかたはこちらから

kyurika-chan.hatenablog.jp

 

饅頭太郎(長男)の育児に悩みまくり、その結果資格を取得した母ちゃん。
それから3年の月日が流れていた。
饅頭太郎(上の子)5才、おかめ花子(下の子)3才になり、いよいよ母ちゃんは働き出す事に決めた。が!しかし!!

まずは保活が大変だった。

結果…、
何とか下の子も保育園には入れたものの、
上の子と下の子別の園(;'∀')!!

 

さらに自分も出勤の為に保育園に通っていたので、
毎朝3園の保育園をまたぐという結果に。

8時30分、上の子の保育園ゲートオープン
  ☟
8時40分、下の子の保育園送り届ける
  ☟
8時50分、自分の保育園に滑り込む
  ☟
9時勤務開始
移動時間含めて、まさに分単位のスケジュール

 

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朝、おかめ花子が母ちゃんとの離れ際に泣くもんなら
「母ちゃんも頑張ってくるね」
と抱きしめつつ、心の中では、
「ヤッベー!!遅刻するーー!!」
と思っていたよ。

そしてそして、職場では…。
母ちゃん新生活スタート。
「ここは、女性の職場だから色々気を付けなさいね」

 

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と、母ちゃん同じクラスの先生から謎の忠告を受ける。
なんとなく嫌な予感がした…。

そしてそして、予感的中(*_*;
その先生から他のクラスの先生の噂話・陰口を日々聞かされる事となる。

心の中では、
「あの先生そんな悪い先生じゃないのに!」
とか
「そんな噂話ばっかり辞めて!!」
と思ってるのに、ハッキリ言う事が出来ずに、
「そうなんですかぁ。」
「へぇ~」
とか曖昧な返事を繰り返す母ちゃん。
結果、家に帰って自己嫌悪
ってか仕事に集中したいーーー!!

で、その後曖昧な返事ばかりして、
噂話や陰口に乗ってこない母ちゃんが気にいらなかったのか、
その先生の標的は母ちゃんに向けられることとなる。

 

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そんな日々が4、5、6月と続き、
季節は夏になる頃。
母ちゃんは少しずつ体調を崩す事になる。

今回はここまでです(*^▽^*)
次回は『母ちゃんパニック障害発症』をお送りします。
よろしければお付き合いくださいね☆

 

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夢をあきらめるということ

【幼き日の夢】

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小さい頃の夢…
幼き頃の夢を叶えた人って、きっとほんの一握りなんだろう。


ちなみに、一番最初の私の夢は、セーラームーンになる事だった。

あの頃は美少女戦士の事で頭がいっぱいで友達と協力して戦っては悪の組織を倒す自分の将来に胸躍らせていた。


それから何度夢が変わっただろう…。


ある時は医者になりたかった。
決して優秀では無かったし、そもそも文系だったけれど。おそらくドラマの影響だ。


ある時はアナウンサーになりたかった。
決して容姿端麗でも滑舌が良い訳でもなかったけれど。フジテレビの女子アナに憧れていたのだ。


思えば、高校受験も大学受験も、割と高望みの学校を志望していた。


「難しいだろうな…」とは思っていたけど、その夢が私の努力するエネルギーになっていたのは事実だ。


そして、ありがたい事に両親は一度も私の夢や希望の学校に対して「無理だよ」とは言わなかった。


【親心と子供の夢】

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親になってみた今、


自分の両親が今まで私の夢や希望に対して決して口を挟まず応援してくれていた事に心から感謝している。


そして、それがいかに難しい事だったのかが今になって分かるのだ。


思い返せば、大学受験、自分の偏差値とは20も違うような大学を受ける為に田舎から東京の会場まで一緒に着いて来てくれた。


「滑り止めは受けなよ」とは言われたものの、志望校を変えなさいと言われなかった。


私が親だったらつい言ってしまうだろう。
「そんなの無理だから諦めなさい」と…。


でも、実際に両親が見守ってくれたからこそ分かる事がある。


それは…、自分で気が付いて諦めるのと、人に言われて諦めるのでは後の考えが大きく変わってくるという事だ。


【人に言われて決める道と自分で下す決断】

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たとえ無理だと分かっていても、自分で下した決断なら、

後々「自分で決めたのだからしょうがない」と腹をくくる事ができる。


一方で、周りから「どうせ無理だから、こっちにしなさい」と決めた道は、

“あの時こうしておけば…”と後悔したり、
“こうなったのも〇〇のせいだ”と人に責任を押し付ける事が出来てしまう。


そうは分かっていても、
子供が目の前で失敗する事が分かっている時、つい先回りしてしまうのが親心の厄介なところだ。


【息子(饅頭太郎)の運動会】

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親になってから、よかれと思って子供の目標に口を出そうとした経験が私にもある。

息子(饅頭太郎小1)が年長の時の話だ。

時は秋。運動会の練習真っ只中の時期だった。


「僕、リレーでアンカーになろうと思って」
饅頭太郎が保育園の帰り道、目を輝かせて言った。


太郎の保育園では、年長になると運動会でチーム対抗のリレーを行う習わしになっている。

毎日練習して作戦会議までして行う本番は、観客の大人も興奮する程のメイン競技だ。


ちなみにアンカーはご存知の通り最終走者で、なおかつ他の人はトラック1周なのに対してアンカーだけはトラックを2周するという、

勝敗を左右する大事なポジションだ。


それに立候補したいと言う…。

だが、
太郎は親の私が、どう贔屓目に見ても決して運動が出来るタイプではない。。

早く走りたい気持ちが前のめりになって、上にぴょこぴょこ飛び跳ねたように走っちゃうタイプ。


それでも自信とやる気だけは人一倍の全力ボーイ!!それが饅頭太郎だ。。


私は葛藤した。

太郎には可哀想だが
「もっと早い子がなった方が良いんじゃない?」と言った方が良いのではないか…と。


もし、万が一太郎がアンカーになってチームが負けるような事があればチームに迷惑がかかるし、本人も傷付くのじゃないか…と。


【子供達の作戦会議】

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「僕、やっぱりアンカーは辞める事にした」

園から帰ってきた太郎が唐突に言った。

何があったのか聞いてみると…、


何度練習のレースをしても勝てない太郎達のチームは、“どうにか勝ちたい”と子供達だけで作戦会議をしたらしい。


その中で、「足の速い子と走るのが苦手な子を交互にして走者の順を決めたらどうか?」

という事になったようだ。


子供って残酷な所があるなと思ったわけだが…、

その話合いで決めた走者順。太郎は前後が足の速い子で挟まれたらしい。


そこで彼は気付く。
「あ、僕、思っているより足速く無いんだ」と…。


親としては聞いた時ちょっぴり切なかったけれど、「チームで1位を取りたいからアンカーは僕よりもっと足の早い子が良いと思う」と太郎は言った。


【諦めるの意味】

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“諦める”って言葉はネガティブに捉えられがちだけど…

明らかにする。つまびらかにする。いろいろ観察をまとめて、真相をはっきりさせる。という語源がある。だから、決してネガティブなだけの言葉ではないはずだ。


今回の太郎の事でも、
自分の思っていた夢や希望と現実とのギャップに気付き、それが明らかになった。


結果として、最初の希望は叶わなかったけれど、“アンカーをしたい”という目標は、彼にとって頑張るエネルギーになっていたハズだ。


【太郎とリレー】

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アンカーを諦めてからも、太郎は走る練習を彼なりに頑張っていた。“チームで勝ちたい”からと。


運動会当日、そんな経緯があったのを知っていたから、太郎のリレーチームが大逆転で見事1位になった時は胸に込み上げてくるものがあった。


チームが優勝して、太郎が嬉しく飛び跳ねる姿を見たら、「口出しせずに見守って良かった」と心から思った。


難しい事だけれど…子供を信じて、見守る。
やはり、これが大事なのだろう。


【子供の夢】

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これから、いくつ夢を描くのだろう?

そして、その夢に向かって、どんな努力をするんだろう?


それが叶っても叶わなくても、私はすぐ傍で一番の応援者でいたい。

この夏、娘(おかめ花子4才)が

「私、カブトムシのオスになりたいんだよね」
と言った。


数々のしがらみがあるだろうが、
母ちゃんは全力であなたの夢を応援しようと思う!!

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子育てしながら思うこと【その日は来る】

ちょっとだけ待っててね


9月になると思い出す景色がある
娘(おかめ花子)が初めて
靴を履いて外を歩いた日の事だ

今では見る影も無いが
おかめ花子は3歳まで、
とっても臆病な性格だった。

兄(饅頭太郎)はどこに行くでも平気
目を離したらアチコチ
迷子になってしまう程
アクティブな性格に対して

おかめ花子は、
いつも母ちゃんの傍から離れず
いつもそっと母ちゃんの服の裾を
握って横にいるタイプだった。

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そんなちょっぴり臆病なおかめ花子に
1歳の誕生日、靴を買った。
しかし、部屋は歩ける花子が、

靴を履くと途端に怖くて泣きだしてしまう
結局靴は買ったものの、
春・夏と靴を履いて歩く事は無く
結局季節は秋を迎えてしまった。

母ちゃんは焦っていた。
「なんとか1歳半検診までには
靴を履いて歩けるようにならないと…」

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それでも花子は靴を履いた途端
その場から動かず泣きだした。

母ちゃんは靴を持って、
何度もおかめ花子を何とか歩かせようと
練習に公園に出かけた。

そんな日が続いて、9月になり
我が家はキャンプに出掛けた。

初秋の風が心地よく頬をかすめる。
すがすがしい気持ちになった

そこで急に!!
おかめ花子が靴を履きたがったのだ
嫌がる素振りは見せず
自分から歩こうとした。

その表情はとっても嬉しそうで、
見ているこっちまで
つられて笑顔になった。

 

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その時に思った。
焦らなくてもその日はやってくる
いや、やってきてしまうのだ。

思えば、母ちゃんは
子育てに行き急いでいた
とにかく早く大きくなって欲しかった

大変だったから…。

なかなか寝ない饅頭太郎0歳の時は
「早く寝るようになって欲しい」と

饅頭太郎が後追いを始めた時は
「もう、トイレくらい
ゆっくり行かせて!早く大きくなって」と

饅頭太郎とおかめ花子が目を輝かせて
「母ちゃん、見て!見て!!」
とひたすら言う時期には、
「母ちゃん、見て」という言葉が
ストレスに感じた時もあった。

 

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二人が登園・通学し始めて
初めて自分の時間が出来た今、

大変だったその瞬間の一つ一つが
どれも愛おしく感じる
もう戻れない一瞬一瞬が
たまらなく愛おしい

少しだけ、ほんのすこしだけ
心に余裕ができたのだ

「早く大きくなってね」
なんて言いながら、今度は
「ゆっくり大きくなってね」

なんて都合の良い母ちゃんで
ゴメンね。

饅頭太郎に
「クリスマスプレゼント何が良い?」
って聞いたら
「一人で寝れるベッドが欲しい」って

母「え??まだ1年生だし早いよ!!」
太「だって母ちゃん狭い狭いって
いつも言ってるじゃん」
母「でも、一人で寝たら、
夜きっと寂しくなるよ?」

寂しいのは母ちゃんの方。
シングルベッド2つに4人寝る、
そんな狭さが急に愛おしくなった。

ゴメンね、太郎。
もう少しだけ、もう少しだけ
母ちゃんに心の準備をさせてね♪

 

誕生日に思うこと

 

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この半年は母ちゃんにとって
人生で一番大変な半年だった
かもしれない。

楽しい・嬉しい・美味しい
そんな事が感じられずに
一日一日が必死だった

調度芸能界でも悲しいニュースが
重なる事があって、
一時期母ちゃんはテレビを
見れなかった。

どうしよもなくなって、
実家に帰ったこともあった。

それでも今こうして徐々に
回復出来ているのは
両親や父ちゃん、
子供達の存在があったからだ


 

この半年、母親らしい事は
何も出来なかったから…。

そんな申し訳ない思いで
饅頭太郎の誕生日は
やりたい事を全部してあげたいと
そう思った。

前日に色々聞き出して、
プログラムまで作った。

 

お父さんとお母さんに抱っこしてもらう
お父さんとお母さんの間で寝る

そんな事を嬉しいと思ってくれる
まだまだ可愛い所もあるなと
思ったら、

「来年は重くて出来ないかも
しれないかもしれないでしょ?」
って…。
そんなこと考えてたんだね。



夜、ケーキを食べてたら、
急に母ちゃん熱い物が込み上げてきた。

母「太郎、7年前の今日、
太郎が生まれた日は
父ちゃんと母ちゃんにとって、
人生で一番嬉しい日だったんだよ
もちろん花子の時もね」

母「これから大きくなって、
すごく悲しい事もすごく苦しい時も
あるかもしれないけど…。そんな時も、
太郎と花子が生まれた日は
父ちゃんと母ちゃんにとって一番
幸せな日だったって、覚えておいて」

太郎は
「そんな事よりケーキ食べようよ」
ってあんまり分かってなかったけど

それでも良いや。
来年も再来年も、
太郎が恥ずかしくなっても、

誕生日の日はちゃんと伝えよう
大きくなって苦しい事、辛い事
があっても

母ちゃんが支えてもらったように

無償の愛のある場所を
どうかどうか思い出してもらえる
ように

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【闘病記】第2話パニック障害・鬱発症と克服までの記録『母ちゃんはキュウリが切れない』

長男(饅頭太郎)はスクスクと大きくなっていた。身体の大きさもさることながら性格も豪快だった。

母ちゃんは当時、饅頭太郎の育児に悩んでいた。「一人目だから大変なのかな?」と思っていたのだけれど、今になって振り返れば、生まれ持った性格で若干の“育てにくさ”のような物があったように思う。

ただ…、それが饅頭太郎が生まれながらに持ってきた愛おしい個性なのだ。

画像1


こだわりが強く、人の物が気になり、癇癪が起きるとなかなか切り替えられない。太郎のそんな所に当時の母ちゃんはとても悩んでいた。


ある時期、「太郎も大きくなってきたし、そろそろ私も支援センターでママ友なんて出来たら良いなぁ」なんて素敵な妄想を広げ、母ちゃんはちょっぴりオシャレをして出かけた。

いつもはスッピンだけれど、少しよそ行きモードで。

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が!しかし!!

ママ友が出来るどころか、一時たりとも、ゆったりする時間など母ちゃんには無かった。

なぜなら、饅頭太郎は周りのお友達のオモチャに目を輝かせ、次から次へと奪いに行き始めたからだ。その姿はまさにジャイアン。お前の物は俺の物…。

結果、
他の子のオモチャめがけて高速ハイハイ
   ↓
オモチャ奪う
   ↓
お友達泣く
   ↓
髪振り乱して母ちゃん謝る(その子とママに)
   ↓
今度は事前にオモチャ取らないように饅頭太郎を食い止める
   ↓
饅頭太郎癇癪を起こす

こんな繰り返しで、ママ友はおろか饅頭太郎も楽しく遊べず、母ちゃんのキラキラ妄想した支援センターデビューは儚く散っていったのだ。


そしてまたある時は…、

スーパー帰り、饅頭太郎は第二子妊娠中の母ちゃんの為にお手伝いしようと意気込んでいた。

そんな事とは知らない母ちゃんは家に着くといつものようにスーパーの荷物を手に持った。それが太郎の逆鱗に触れる事となる。

画像3


「僕が持ってあげるだったーーー!!!」マンションのエントランスで癇癪を起こすこと30分以上…。

もはやこの時、もともと“母ちゃんの手助けの為”という彼の中のモチベーションは当然ながら忘れ去られているのは言うまでもない。

ちなみにこの時、母ちゃん下の子(おかめ花子)を妊娠中。

切迫気味だった母ちゃんは饅頭太郎を抱っこする事さえできず、出来る事と言えば自分の感情のスイッチをOFFにして、出来る限りイライラしないようにただただ、途方にくれる事のみ。

チーン*1

そこへ……、「あの、さっきからずっとお子さんすごい声で泣いていますけど、大丈夫ですか??」の声。


振り返ると若い男の人が不審そうな顔でこちらを見ている。

画像4

きっと「虐待じゃない?大丈夫?」と泣き続ける声を聞いて心配して声をかけてくれたのだろう。

「あ、大丈夫です」とその方に返事をした。そう言うのが精いっぱいだった。“泣きたいのは私の方だよ”と癇癪を起こす太郎に向かって母ちゃんは思った。


そんな育児に悩む日がありながら、それでもただでは起きないのが私、キュウリ母ちゃん。

いつかこの悩みがだれかの役にたつかも…。育児について学ぶことで饅頭太郎も母ちゃんも、もっと笑顔で過ごせるかも…。

そんな思いで饅頭太郎が昼寝中や夜寝静まってから母ちゃんは手探りの育児の事について勉強した。結果…3年がかりで保育士の資格を取得するまでに。

どんだけ饅頭太郎の育児に悩んだんだよ(笑)でも、悩みって力を向ける方向を変えればエネルギーになるんだね。

饅頭太郎は5歳くらいまでわりと癇癪がひどくて、一度ワーッて泣いたり怒ったりすると切り替えるのにとっても時間がかかったけど、いまではすっかり落ち着いてきた。


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これは本【発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母のどんな子もぐんぐん伸びる120の子育て法】 を参考に使わなくなったハイローチェアのマットで母ちゃんが作った饅頭太郎が3歳から5歳くらいまで使っていたサンドバック。

怒るという感情は自然なもの。それを抑え込むんじゃなくて感情を出す為の方法を考えたら良いんだと本を読んでとっても勉強になった。


こうして、母ちゃんは育児中保育士の資格をとり、数年後働き始める事となるのです。ところが、そこで人間関係に悩みまくり拗らせに拗らせていくのです( ;∀;)

~第3話へつづく~

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*1:+_+

ラジオとカセットとドロップと

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ラジオが好きだ。なーんて、前から好きだったように語ったら怒られる。

 


聞き出したのは本当に最近。パニック障害になってからだ。

 


一時期、目からの刺激が一切ダメだった。本もスマホもテレビも…。息子の小学校の手紙さえ読めなかった。

 


GWの緊急事態宣言下で、毎日流れてくるコロナのニュースが怖くて少し映像から離れたかったという心の問題もあった。

 


あの時期…景色さえもフワフワして、出来ることならずっと目を閉じていたかった。


そこで出会ったのがラジオだ。

 


思えばラジオなんて全く触れずにきた。車の移動中は専らCDを聞き、家ではTV。

私の人生にラジオと交差する時間はなかったように思う。

 

 

ところが、聞き出すと夢中になった。なんだろう。テレビでは感じる事のない、あの声の温もり…。すぐ傍で話し手と繋がっているような感覚。

 


なんだか、とっても新鮮だった。

 


日本中にいる誰かが、曲をリクエストして、それがパーソナリティーに届いて配信される。そんな、点と点が結ばれた感じが素敵だと思った。

 

 

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ふと、小学生の時に友達と交換したカセットテープの事を思い出した。互いの好きなCDをカセットテープに録音して、中身を教える事なく交換した、あの頃。

 

 

何の曲が流れるか分からないワクワク感。そして、その曲を選んだ相手と繋がっている感じ。

 


似てると思った。

 

 


未知の曲が流れて自分の琴線に触れる。
自分ではない誰かの“好き”が心を揺さぶる。

 

 


ラジオから流れる誰かの“好き”が、自分の“好き”に触れて心の線を揺らす瞬間。

 

 

なんとなく昔懐かしいカセットの記憶が蘇って、ノスタルジックな気持ちになった。


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そしてもう一つ思い出したのがドロップスだ。よくおばあちゃんが買ってくれたドロップ缶。

 


缶を揺らすと出るカラカラという高い音と、心躍らせるカラフルな色、そして様々なフルーツの味。

 


それらを上回る魅力が、缶からドロップが姿を見せるまで、何味が出るか分からないドキドキ感だ。

 


ドロップが出た瞬間に『ヤッタ!!まさにこれが食べたかった』という喜びを味わう事がある。

 

 

ラジオとカセットとドロップと…。全く違うようで、なんだか似てる。

 

 

自分で選ぶことのない未来が、自分の“好き”を揺らしてくれるのだ。

 

 

そしてそれらには、パーソナリティー・リスナー・友達・おばあちゃん…と、背景に人との温かな繋がりがある。

 

 

数年後、何かのきっかけで、きっと私はラジオを聞いた今日の事を思い出す。その時、誰との温かな記憶を連想するのだろう。

 

 

そんな事を感じた2020年の年末。きっと誰にとっても今年は忘れる事の出来ない年。

どうかどうか、来年は有難い日常が戻ってきますように。

 

 


そして人との繋がりの温かさを、ぬくもりを直に感じられる世の中になりますように。

 

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大好きな人の誕生日

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今日は大大大大好きな、ばぁちゃんの誕生日。母に聞いたところ、今日で86歳になったそうだ。


実家が共働きだった為、3才の保育園の時からずっと、実家近くのばあちゃんの家へ帰っていた。保育園のお迎えも、じいちゃんとばあちゃんがしてくれていた。


そんな訳で、私は大のおじいちゃんっ子、おばあちゃんっ子だ。


記念すべき86歳のお誕生日に、私の大好きな、大好きな愛してやまない、ばあちゃんの事をひたすら紹介していく。



ばあちゃんの好きな所。

・料理上手、特に煮物
・うつらうつら眠っていると見せかけて、目を閉じたまま昔話を始める。その姿はまるで忍者。
・暖かい緑茶が大好き。お客さんが来ると、湯飲みのお茶が無くならないよう注ぎ足す注意力は神業
・「これ好きなんだよね」と会話に出すと3ヶ月は同じ物をスーパーで調達してきてくれる
・植物のお世話がとても上手い
・犬と猫のぬいぐるみをこよなく愛している(日中会話している)
・ご飯が炊けた音楽、お風呂の湧いた音楽に「ありがとう」のお礼を忘れない
・笑顔が素敵
・物をとてもとても大事にする
・お腹を冷やさないようにと、暖かいパンツをプレゼントしてくれる
・亡くなったおじいちゃんの仏壇に可愛く話しかける
・お盆もお正月も、仏壇のおじいちゃんが寂しがるからと、あまりお出かけはしない
・情報源は主にラジオ
・ディズニーランドに行ったことはないが、ラジオでニューエリアの事まで細かく知っている


きりがないな。そして、この記事、読んでくれる人いるのかな?(笑)

とにかく、ばぁちゃんが大好きで、今すぐにでも会いたい。


今年は数回しか会えなかったな。


3時間かけて行って、ちょっと玄関口で話した数回。


電話で「元気?」って聞くと、「なんとか生きてるわ♪」っていつもお茶目に返してくる、ばあちゃん。

2年後、米寿のお祝い皆で集まって盛大にするから、いつまでも元気にいてよね☆



会いたいなぁ。。


孫より

 

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【闘病記】第1話パニック障害・鬱発症と克服までの記録『母ちゃんはキュウリが切れない』

パニック障害を発症したのは今年4月。物語のスタートはそこから7年前へ遡る。

今から7年前。私(キュウリ母ちゃん)は新婚だった。

 

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「これから、どんな生活が待っているのかしら?」少々の不安と一杯の期待が入り混じった気持ちの中、新居(大阪)への引っ越しに向けて実家(愛知)で荷作りをしていた。


そんな中かかってきた一本の電話。主人(ヒョロ長父ちゃん)からだ。

「もしもし。あのさ、急な話なんだけど転勤になったよ。行先は石川県」

えぇえええええええーーー!!!

折しもこの日は4月1日。エイプリルフール。「またまたぁ!!父ちゃん悪い冗談を。」という私の茶化すような言葉に対して、

「いや、ごめん長く話している時間ないから。また仕事終わったら詳しく話すね。」

と重大な内容なのに1分以内に切れる電話。





チーン。

 

 

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エイプリルフールの冗談だという期待も虚しく新婚早々、私、母ちゃんは東海地方の実家から遠く石川県へと引っ越しをする事になる。


ちなみに、この時母ちゃん妊娠3ヶ月。お腹には現在7才の長男(饅頭太郎)を授かっていた。

 

 

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妊娠中のドタバタ引っ越しも終わり、生活も落ち着き、お腹も徐々に出てきた頃、季節は春から夏へと変わっていた。

家族も親戚も友達もいない新天地は、母ちゃんにとって思ったより孤独で、大きいお腹をさすりつつ、ちょっぴり寂しい毎日。

それに加え、東海地方からの引っ越しの際、車を1台しか持ってこなかったので、出勤に父ちゃんが車を使うと母ちゃんは移動手段が徒歩しかなかった。

なにせ住んでいたところはなかなかの田舎で、バスも多く通っていない。スーパーへも大きなお腹で歩いて行った。

妊娠後期からはお腹がよく張るようになって、病院でも「あまり重い物は持たないで下さい」と注意を受けた母ちゃん。


それでも大きいお腹で負けじと旅行用のキャリーケースをガラガラ引いて買い物に出かけてたので、道路ですれ違う人から幾度も視線を頂戴していた。もしかしたら、家出妊婦と思われていたのかもしれない。

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そんな新天地での妊娠生活後、無事にBIGなBaby、長男の饅頭太郎を出産した。季節は秋になっていた。

初めての出産・育児。母ちゃんは思いの外ナーバスになっていて、父ちゃんにさえ饅頭太郎を預けるのは不安だった。

寝不足と慣れない育児は想像以上にストレスがたまる。その上、愚痴を吐ける古くからの地元の友達や父母は近くにいない。


「ちょっと外でゆっくり一人の時間味わいに行って来たら?」とヒョロ長父ちゃんが言ってくれても「饅頭太郎が心配だからいい」と出かけなかった。


今思えば、もっと甘えていればよかったのだ。何でも自分一人で頑張ろうとしてしまう。それが、悪い癖だ。その上、我慢して積み上げるだけ積み上げて、突然の爆発を起こす!迷惑な女。それが私、キュウリ母ちゃん。


「育児分からない事だらけだし、睡眠不足だし、余裕ないし、饅頭太郎は泣いてばっかりだし、もう私無理ーー!!父ちゃんが仕事から帰ってくるまで話相手もいなくて、世間から取り残されたみたいで孤独で、このままじゃ私日本語ワスレチャウヨーー!!」


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と、突然の爆発。


今、パニック障害になってから、ようやく気付いた事がある。“なんでも一人で抱えなくて良い”のだ。

・責任感が強い
・一人で頑張ろうとしがち
・甘えるのが下手
・心配性で不安が強い

この私の生まれ持った性格で、もともと生きづらさを抱えていたのかもしれない。パニック障害になった今になって、ようやく思える。

もっと自分を大切に周りの人に寄りかかって良いんじゃないかな?と…。

~第2話はこちら☟~

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是非続きも読んでもらえると嬉しいです♪

 

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